自民党内で静かな波紋が広がっている。
小渕恵三元首相の次女で、自民党屈指のサラブレッド議員として知られる小渕優子氏が、自民党税制調査会の「インナー」と呼ばれる少人数の幹部会から辞任する意向を示したと報じられた。
表向きの理由は、高市政権が打ち出した「食料品の消費税率を2年間限定で1%に引き下げる」案への反対である。しかし、この出来事を単なる税制論争として片付けるのは早計だろう。自民党内では、高市政権をめぐる新たな権力闘争の始まりではないかとの見方も広がっている。
税調インナーは、自民党税制調査会の正式機関ではないものの、税制改正の方向性を実質的に決める「最後の聖域」とも呼ばれる存在だ。歴代政権では、この密室協議を経て税制改正大綱が固まり、政府税調や財務省もその結論を尊重してきた。
小渕氏は石破政権時代のインナーから留任した数少ない有力議員の一人だった。その人物が自ら身を引くという決断は、高市政権が進める税制運営への強い異議申し立てと受け止められている。
もっとも、小渕氏を理解するには、その政治家としての歩みを振り返る必要がある。
群馬5区選出。当選10回。父は平成おじさんとして親しまれた小渕恵三元首相である。成城大学卒業後、TBS勤務を経て父の秘書となり、父の急逝を受けて26歳で衆院初当選した。
その歩みは、まさに自民党本流そのものだった。
群馬政界では、福田赳夫、中曽根康弘、小渕恵三という三人の大物政治家が勢力を競い、「上州戦争」と呼ばれた激しい権力闘争が繰り広げられた。しかし小選挙区制導入後は、それぞれの地盤が分かれ、次世代では対立より共存へと変化していく。
小渕氏自身も、父が率いた平成研究会(旧経世会)の本流を受け継ぐ政治家として育てられた。
2008年には麻生内閣で34歳という戦後最年少で初入閣し、将来の女性総理候補として期待を集めた。しかし2014年、経済産業相在任中に政治資金問題が発覚し辞任。後援会事務所のパソコンのハードディスクがドリルで破壊されたとの報道から、「ドリル優子」という不名誉な呼び名が定着した。
2023年には岸田政権で選対委員長として表舞台に復帰したものの、記者会見で涙ながらに「忘れることのない心の傷」と語った姿には同情の声もあった一方、十分な説明責任を果たしたとは言い難いとの批判も残った。
こうした経歴を持つ小渕氏は、派閥政治の面でも独特の立場にある。
父の流れをくむ平成研究会は、田中角栄、竹下登、小渕恵三へと続く自民党最大派閥だった。しかし清和会時代に勢力を失い、その後は茂木敏充氏が会長となったものの、「外様」である茂木氏と、本流を自任する小渕氏らとの対立が深まった。最終的に小渕氏や石井準一参院幹部らは派閥を離脱し、現在も微妙な距離感が続いている。
今回の辞任劇を考える上で重要なのが、税調インナーの顔ぶれだ。
石破政権では宮沢洋一会長を筆頭に、財務省出身者や財政規律派が中心だった。これに対し、高市政権ではインナーの経験がない小野寺五典会長、西村康稔氏、松島みどり氏らが加わり、積極財政色が強まった。
その中で、小渕氏だけは旧体制から留任した数少ない存在だった。
つまり今回の辞任は、一人の議員が役職を辞する以上の意味を持つ。財政規律派と積極財政派との対立が、ついに表面化した象徴的な出来事とも言えるのである。
さらに注目されるのは、小渕氏の周囲に集まる顔ぶれだ。
森山裕氏、石井準一氏、木原誠二氏、斎藤健氏、福田達夫氏など、高市政権ではいずれも非主流派に位置付けられる政治家が並ぶ。財務省とのパイプを持つ議員も少なくない。
もちろん、これだけで「高市おろし」が始まったと断定することはできない。しかし、高市政権に距離を置く勢力が、小渕氏という新たなカードを意識し始めた可能性は十分にある。
そこで浮上するのが、キングメーカー・麻生太郎氏の存在だ。
麻生氏にとって、ポスト高市候補の本命は茂木敏充氏とみられる。しかし、世論人気という点では課題が残る。小林鷹之氏は経験不足、小泉進次郎氏はまだ早い、林芳正氏は麻生氏にとって受け入れ難い――そう考えれば、小渕氏は「女性総理から女性総理へ」という物語を描ける数少ない存在でもある。
もっとも、小渕氏には「ドリル優子」のイメージという重い課題も残る。茂木氏との確執、参院勢力との関係など、総裁候補として乗り越えるべき壁は決して低くない。
今回の税調インナー辞任劇は、単なる消費税論争ではない。
財務省と政治、派閥の本流と外様、そしてポスト高市を見据えた権力闘争――。さまざまな思惑が交差する中で起きた一つの出来事である。
高市政権は発足以来、高い求心力を維持してきた。しかし、その足元では少しずつ亀裂が広がり始めているのかもしれない。
小渕優子氏の決断は、その変化を象徴する最初の一歩として、今後の政局を占う重要なシグナルとなりそうだ。