東京・杉並区長選は、現職の岸本聡子氏が自民党推薦の新人・大和田伸氏らを破り再選を果たした。
この結果を「リベラル派の勝利」と片付けるのは早計だろう。むしろ浮かび上がったのは、高い内閣支持率と政党支持率を維持しながら、地方選では勝ち切れない自民党の構造的な弱さである。
高市政権発足後、国政では野党共闘が崩壊し、自民党は衆院選で戦後最多となる316議席を獲得した。しかし、その後の地方選では思うように勝てない。杉並区長選は、その矛盾を象徴する選挙だった。
有為転変を繰り返す杉並政治
杉並区は人口約60万人。高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪を擁する東京有数の住宅地であり、古くからリベラル色が強い地域として知られる。
その政治史も実に波乱に富む。
1999年には松下政経塾出身の山田宏氏が自民推薦の現職を破って区長に就任。その後、自ら新党を結成して国政に挑戦したが失敗し、最終的には自民党へ入り、現在は参院議員として高市首相の側近のひとりになっている。
後継となった田中良氏も、日本新党、新進党、民主党と所属政党を変えながら区長となった異色の政治家だった。
そして2022年、その田中氏をわずか187票差で破ったのがNGO活動家としてオランダで暮らしていた岸本氏だった。立憲民主、共産、れいわ、社民など、当時の野党共闘勢力が支えた象徴的勝利だった。
しかし、この4年間で政治環境は一変した。国政では立憲と公明が合流して新党「中道改革連合」を結成し、従来の野党共闘は崩壊。リベラル勢力も分裂と混乱を抱えたまま今回の区長選を迎えた。
保守票が二つに割れた
今回、自民党は45歳の区議・大和田伸氏を擁立した。
石原伸晃元幹事長の秘書を務め、区議会議長も経験した杉並自民党のホープである。片山さつき財務大臣ら党幹部が応援に入り、2月の衆院選で吉田晴美氏を破った門ひろこ衆院議員も全面支援した。
一方、前区長の田中良氏も無所属で立候補。さらに地域政党「再生の道」が推薦する増田義彦氏も出馬し、選挙は4人による争いとなった。
結果は次の通りだった。
・岸本聡子 106,487票
・大和田伸 46,250票
・田中良 33,259票
・増田義彦 15,877票
岸本氏は前回以上の大差で再選を決めた。
注目すべきは、自民推薦候補が敗れたことだけではない。
大和田氏と田中氏の得票を合計すると約7万9500票に達する。岸本氏には届かなかったものの、保守票が分散したことは明らかだ。
今回の敗因を単純に「杉並でのリベラル勢力の強さ」とみるだけでなく、「保守陣営が一本化できなかった」ことも影響したと考えるべきだろう。
だが、問題はそれだけではない。
高市人気は地方選では武器にならない
なぜ自民党は地方選で苦戦するのか。
2月の衆院選では、高市人気が勝因と語られた。しかし実際には、立憲と公明による新党結成が野党支持層を混乱させ、反自民票が分散したことが、自民圧勝の最大要因だった。
ところが地方選では事情が違う。
野党系候補は政党色を前面に出さず、「無所属」「市民派」を掲げて戦うケースが多い。その結果、「反リベラル」の空気だけでは票がまとまらず、自民党の優位性は急速に薄れてしまう。
さらに地方選は投票率が低い。
政治への関心が高いリベラル支持層は着実に投票所へ向かう一方、高市人気を支える比較的ライトな支持層は地方選への関心が低い。全国的な人気が、そのまま地方票には結び付かないのである。
かつて自民党は全国津々浦々の地方組織が選挙を支えていた。しかし現在は、その組織力そのものが弱まりつつある。人気や風に依存する政党へと変質している可能性が、今回の結果からうかがえる。
高市政権の真価が問われるのは地方選
当面、大きな国政選挙は予定されていない。
その間、有権者が政権への評価を示す舞台は地方選挙になる。来年春には統一地方選、秋には自民党総裁選も控える。
内閣支持率が高くても、地方選で敗北が続けば党内の空気は変わる。「選挙の顔」としての評価が揺らぎ、高市政権への不満が噴き出す可能性は十分ある。
高市首相自身も「国でも地方でも勝ち続けられる自民党をつくる」と強調している。それは裏を返せば、地方選で勝てなければ政権基盤が揺らぐことを強く意識している証左ともいえる。
「翌日開票」が投げかけたもう一つの論点
今回の杉並区長選では、もう一つ注目された点がある。
投票が日曜日だったにもかかわらず、開票は翌日の月曜日に行われたことだ。
杉並区は2003年から区長選で翌日開票を採用している。即日開票を行えば約270人の職員が深夜まで作業にあたり、多額の時間外勤務手当も必要になるため、経費削減と職員の健康管理を理由に現在の方式へ切り替えた。
日本では「選挙は即日開票」が当然と思われがちだが、公職選挙法上、地方選は翌日開票も認められている。
今回、全国的な注目を集めたことで、「翌日開票」という選択肢を初めて知った有権者も多かったのではないか。人口減少や財政難が進む中、今後はコスト削減や働き方改革の観点から、この方式を採用する自治体が増える可能性もある。
杉並区長選は、リベラル対保守の戦いであると同時に、自民党の地方組織の衰え、そして自治体選挙のあり方そのものを考えさせる選挙でもあった。
地方選挙はもはや国政の縮図ではない。その流れは、これからさらに強まっていくだろう。