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新聞記者やめます。あと84日!【「記者」を外され「社員」となって知った「記者の特権」】

福島原発事故をめぐる調査報道で、特別報道部デスクとして責任を問われて更迭され、記者職まで外された7年前。私ははじめて新聞編集以外の部門に配属された。名実ともに「記者」から「社員」になったのだ。

配属先は10人余りの小所帯。午前10時に着席し、午後6時に退席する。途中、1時間のお昼休みがある。それ以外は原則として着席していなければならない。勤め人として当たり前のこの生活が私にはとても苦痛だった。

それまでの新聞記者人生の20年、1日中座っていることはほとんどなかった。39歳で政治部デスクになるまでは昼夜問わず取材に走り回っていた。デスクになった後も頻繁にデスク席を離れて歩き回っていた。

元来、じっと座って物事を考えることができない。小学生の時からそうだった。受験生時代も部屋の中を歩きながら問題を解いていた。新聞記者になってからも原稿執筆に行き詰まるとうろうろ歩き回り、ところ構わず誰かをつかまえて意見を交換し、外に飛び出して頭を冷やし、記事の構想を練り上げてきた。実に面倒な人間だった。

そんな自分が午前10時から午後6時まで、自分の座席にじっと座っていることができるだろうか。「社員」として実に甘えた姿勢であることは十分に承知しているのだが、やはり辛い日々だった。仕事内容というよりも、じっと座っていること自体が苦痛だったのだ。

職場には毎日、「体操の先生」が回ってきた。ほんの5分程度だが、彼女がやってくるとみんなが立ち上がり、音楽にあわせて体を動かす。私はそれまで社内でこの光景を遠くから眺め、「会社員だなあ」としみじみと思っていた。いざ自らが「社員」となり、1日座り続ける生活になったとたん、「体操の時間」は何よりも待ち遠しいひとときになった。

新聞記者という仕事は恵まれていた。「自由」だった。私は、失われた「自由」を思い浮かべた。とくに恋しくなったのは以下の3点である。私はこれを「記者三権」と呼んでいる。

①「お茶」権

新聞記者はいつでも「お茶」に行ける。取材相手や同僚記者と毎日「お茶」を繰り返す。これはすべて「仕事」だ。情報交換も議論も世間話もすべて「仕事」なのである。新人記者時代は警察署で副署長とコーヒーばかり飲んでいた。政治部に来てからは議員会館で暇があれば政治家の秘書とお茶を飲んでいた。それで仕事をした気分になっていた。平日の昼間に誰とでも何時間でも堂々と「お茶」を飲める。これが新聞記者の特権の第一だ。

②「昼寝」権

新聞記者は朝駆け夜回りの日々である。起床は早く就寝は遅い。だからいつも寝不足だ。そのかわり、昼寝をしても誰にも叱られない。大概の新聞記者はいつでもどこでもすぐに寝ることができる。国会見学にくる人々が驚くのは、ところかまわず寝ている政治記者たちの姿だ。私もそうだった。朝駆けを終えて永田町・霞ヶ関の一角に潜む「秘密の寝床」で眠りにつき、目覚めら夕刻だったということも何度かあった。みっともないが実話である。

③「散歩」権

新聞記者は取材を口実に一日中出歩くことができる。私は政治部時代は国会のまわりを散歩するのが大好きだった。記事や企画の構想はいつも散歩しながら考えていた。その方が頭が活性化するのだ。仕事といえば仕事であるが、散歩といえば散歩である。政治家も散歩が好きな人が多い。早朝の散歩中にたくさん情報をもらったものだ。好きな時に散歩できる。これは実にうれしい特権だ。

午前10時から午後6時までの着席生活となり、私は新聞記者の特権をしみじみと実感した。そしてそれらの特権がいかに世間の常識とずれているかということも身に染みてわかった。

私はそれら特権が何もかも悪いとは思っていない。どれだけお茶を飲み、昼寝をし、散歩しても、新聞記者としての責務、新聞記者にしかできない仕事をやり遂げていたら、誰も文句をいわないはずだ。

もちろん、無意味な特権もある。それらはすぐに返上すべきだ。ただし、より本質的な問題は、新聞記者から特権を奪うことではない。特権を享受しながら新聞記者としての責務を果たしていないことに問題があるのだ(首相の記者会見に出席する特権を得ながら、忖度質問ばかり繰り返すのは、象徴的な事例である)。

新聞記者は一般の人々がやりにくいこと〜権力者を追及したり、不正を探し歩いたり〜をリスクを冒して行うために、様々な特権を与えられている。近年の新聞社はそうした「責務」を果たすことに全力をあげるのではなく「特権」を減らすことで世論の反発をかわすことばかり考えているように見える。「責務」を果たす自信も覚悟もないからだ。

これを続けていけば「記者」はめでたく「社員」となる。多くはすでにそうなりかけている。とくかく無難に業務をこなす。そのとき、新聞記者に存在価値は残るのだろうか。

私は一年半ほどで「着席生活」を卒業し「記者」に戻った。お茶も昼寝も散歩もありがたかった。そして新聞記者の「責務」を改めて強く感じた。

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