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新聞記者やめます。あと26日!【安倍氏が「菅首相再選支持」に込める「再々登板」への野望】

安倍晋三前首相が5月3日夜のBSフジの番組で、今年9月に予定される自民党総裁選で菅義偉首相の再選を支持する意向を表明した。「1年後にまた総裁を代えるのか。菅氏が当然、首相の職を続けるべきだ」と述べた。

私はこの連載で、菅首相が政権を維持するためには今年10月までに行われる衆院選で野党に勝つよりも自民党総裁選で再選を果たす方がハードルが高いこと、その総裁選に立ちはだかるのは安倍氏と麻生太郎副総理であることを指摘してきた。その意味で、安倍氏が「菅首相の再選支持」を表明したことは、菅氏にとって強い追い風となると考えるのが自然であろう。

しかし、政治家の発言はそう単純ではない。安倍氏はなぜこのタイミングで「菅首相の再選支持」を表明したのか。きょうはその真意を深読みしてみよう。

きのうの「新聞記者やめます。あと27日!【「東京五輪中止→現金一律給付(又は菅退陣)→夏の解散総選挙」の仰天シナリオはあるか】で説明したとおり、安倍氏にとって菅首相への政権移譲はベストシナリオではなかった。安倍氏の本命は岸田文雄前政調会長だった。ところが、「岸田政権阻止」を狙う菅氏と二階俊博幹事長が、安倍氏が毛嫌いする石破茂元幹事長擁立の動きを見せたため、安倍氏は「石破政権阻止」を優先して岸田氏を見捨て、次善の策として「菅政権」に便乗するしかなかったのである。

一年前の首相交代劇は、政治家の行動原理を考えるうえで極めて示唆に富む。彼らは自分自身にとって「理想のシナリオ」を描きながらも、現実的には「最悪のシナリオ」を回避するための行動を選択することが多いのだ。「理想」に固執して失敗し「最悪」の結果に終わると政治生命を絶たれるからである。政界はシビアな世界だ。政治生命を絶たれると過去の不正・疑惑を追及される恐れさえあるのだ。

一年前の安倍氏にとって最悪のシナリオは「石破政権の誕生」だった。石破政権が誕生したら、モリカケサクラをはじめとする数々の疑惑を蒸し返される恐れがある、それを回避するために、しぶしぶ「菅政権」を受け入れたのである。

では、今の安倍氏にとって最悪のシナリオは何か。ここが今日の本題である。

その前に、安倍氏の「理想のシナリオ」が自らの再々登板であるのは間違いない。コロナが沈静化したら首相に返り咲きたいと心から願っていることだろう。二度も首相を務め、憲政史上最長の政権を担いながら、政界引退することなく、政局にからむ発信を続けているのは、まだまだ満足していないことを証しである。安倍氏に政権を禅譲した後は総選挙を機にスパッと政界引退した小泉純一郎元首相とは真逆の立ち振る舞いだ。

安倍氏が自らの再々登板に向けてタッグを組んでいるのは麻生副総理(元首相)である。麻生氏も80歳になった今なお首相への返り咲きを切望している。麻生氏の理想は「安倍派」と「麻生派」で自民党政権をたらい回しにする「院政」の実現だ。安倍氏と麻生氏のコンビがもっとも従順な「中継ぎ」として期待してきたのが、同じ世襲議員で決して歯向かうことのない岸田氏だった。

さて、話を戻そう。首相への返り咲きを目論む安倍氏と麻生氏の盟友コンビにとって最悪のシナリオは何か。石破氏はすっかり求心力を失い、もはや敵ではない。今のふたりにとって絶対に避けたい「最悪のシナリオ」は、自民党に「新しいスター」が誕生することである。自民党総裁選で「新しいスター」が誕生して解散総選挙を断行し、野党に圧勝して権力基盤を固めると、安倍氏も麻生氏も「過去の人」になってしまう。これから先も自民党を牛耳る「院政」を目論む二人の至上命題は、「新しいスター」の誕生を阻止し、うだつが上がらないリーダーが延々と続くように仕向けることなのだ。

安倍氏と麻生氏が岸田氏を「本命」にしてきた理由は、もうおわかりだろう。岸田氏が絶対に「新しいスター」になることはないと見下しているからである。そして、コロナ対応で失敗を重ね、支持率が低迷する菅首相のことも、今さら「新しいスター」に飛躍することはないと安心しはじめたのである。岸田氏ほど「安パイ」でないにしても、菅首相が自分たちの意向を無視して政権運営することはもはや不可能であろう。むしろ、菅首相が解散総選挙に踏み切らないまま政権を投げ出し、その後の自民党総裁選で「選挙の顔」として期待を一身に集める「新しいスター」が誕生することが、安倍氏と麻生氏にとっての最悪のシナリオなのだ。

彼ら二人が「新しいスター」として最も警戒しているのは、河野太郎氏である。河野氏は麻生派に所属しており、世代交代を嫌う麻生氏はこれまでも河野氏の総裁選出馬に反対してきた。河野氏は「群れない」ことで知られ、いったん首相になると自分たちに耳を貸さない恐れがある。ツイッターでの発信力もあり、自民党内では「選挙の顔」として期待する空気が強い。さらに安倍氏が推進してきた原発政策を覆す恐れもある。そして菅首相とも親しい。安倍氏と麻生氏にとって「最も危険人物」といえるだろう。河野氏がコロナ対応で評判を落としつつあるのは、安倍氏と麻生氏にとっては大歓迎なのである。

菅首相が「東京五輪中止」を理由に政権を投げ出して緊急の自民党総裁選になれば、自民党内の大勢は河野氏に「選挙の顔」を期待して雪崩を打つのではないか。菅首相はそうしたシナリオを密かに練っているのではないかーー安倍氏と麻生氏はそんな政局の急展開を警戒しているのだ。

安倍氏は心の底から菅首相を応援して「再選支持」を表明したわけではない。「最悪のシナリオ」を招く恐れのある「菅首相の電撃辞任」を阻止するために「再選支持」を表明したのである。自民党に「新しいスター」が誕生するくらいなら、菅政権がだらだらと続いてくれたほうがよいのだ。

自民党総裁選を機に「新しいスター」が誕生することを防ぐには、菅首相に解散総選挙を断行してもらうしかない。内閣支持率がどんなに低迷していても、勢いのない野党に過半数を奪われることはなかろう。自民党が多少議席を減らしても「新しいスター」が誕生するよりマシだ。議席を減らした責任は菅首相に負わせればよい。菅首相はますます安倍氏に頼って政権運営するしかなくなるだろう。そして何より総選挙さえ終われば「河野待望論」が高まることはない。総選挙が終わり、コロナが収束すれば、そのうち安倍氏に首相に返り咲くチャンスが巡ってくるはずだ……。

安倍氏に長く仕えてきた菅首相は安倍氏の真意を十分に承知しているはず。安倍氏の「再選支持」を手放しで喜んでいることはあり得ない。安倍氏の「院政」を甘んじて受け入れることで自らの政権を長らえるのか、東京五輪の中止にあわせて電撃辞任し「河野政権」の生みの親として自らが「院政」をしくことを目指すのか、思いあぐねていることだろう。

安倍氏が「菅首相の再選支持」を表明した5月3日の憲法記念日に、憲法改正にさほど思い入れのない菅首相が憲法改正に意欲的なビデオメッセージを改憲派の集会に寄せたところをみると、安倍氏に跪いてでも自らの政権を長らえる方向に今のところ気持ちが傾いているようである。

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