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新聞記者やめます。あと58日!【安倍氏と麻生氏が衆院解散を煽るその心は?】

菅義偉首相が近く衆院解散に踏み切るとの憶測が出ている。こうした政局話は新聞社を退社する5月末以降にオープンする「政治を読む」欄でたっぷり書いていくつもりでいたが、昨今の「解散報道」を読んでいると、政界でいったい何が起きているのか全体構造が何ともわかりにくく、政治記者魂がくすぐられてしまった。この連載「新聞記者やめます」にそぐわないかもしれないのだが、きょうは昨今の「解散風」について書くことをお赦しいただきたい。

はじめに触れておきたいのは、政治家の発言はほぼすべて自らの政治的立場を強くするための「思惑発言」であるということだ。政治家の発言の意図を読み解くには、その政治家が置かれた政治状況、そして彼がこれから何を目指しているのかという思惑をまずはしっかりと理解しないといけない。新聞記者がそうした分析作業をしないまま政治家の発言を垂れ流すと、政治家のパワーゲームに利用されるだけである。そうした事態を避けるために、常日頃からオンレコ・オフレコの取材を積み重ね、政界全体の政治情勢とそれぞれの政治家の立ち位置を日々、客観分析しつづけているのである。それが本来の政治記者の仕事だ。

これを今の「解散風」に置き換えるをどうなるか。まずは誰が「解散風」を吹かせているかに注目したらよい。

最も強い「解散風」の発信源は、安倍晋三前首相と麻生太郎副総理である。彼らは公の場では露骨に発言しない。しかし側近議員や側近記者を通じて「早期解散が望ましい」という意向をじわじわ広げているのである。最初に公の場で「解散」に言及したのは安倍側近の下村博文政調会長だった。下村氏は安倍氏の意向を踏まえて「解散風」を吹かせたとみて間違いないであろう。ようするに安倍氏と麻生氏の「盟友コンビ」は「解散風」を吹かせたいのである。

では、なぜ彼らは「解散風」を吹かせたいのか。それは現在の政治情勢が面白くないからだ。

菅政権は「安倍政権の継承」を掲げたものの、その実は「安倍・麻生外し」の側面を持っていた。官邸では安倍最側近として政権運営全般を取り仕切っていた経産省出身の今井尚哉首相補佐官が中枢を離れ、政権ナンバー2として権勢を誇っていた麻生副総理の陰もすっかり薄くなった。いまやナンバー2として大手を振るっているのは、二階俊博幹事長である。菅首相は徐々に安倍・麻生コンビの影響力をそぎ、彼らから自立して、真の権力者として基盤を固めたいのである。「安倍・麻生連合」に対抗するためにタッグを組んだのが二階幹事長だったというわけだ。

安倍氏と麻生氏はこうした現状がとても歯痒いのである。心の底から面白くないのだ。

だから二人は菅首相に今すぐ解散してほしいのか? だから解散風を煽っているのか? 答えはNOだ。ここが政治家の発言を読み解く難しいところである。じっくり解説してみよう。

菅首相の最大の弱点は、自民党総裁選に勝ったものの、国政選挙にはまだ勝っていないこと。安倍政権が国政選挙6連勝をして得た衆参両院の議席を基盤に政権運営している。つまり今の与党国会議員たちは、菅首相ではなく安倍首相の顔で選挙を勝ち抜き、議員バッジをつけている。これが菅首相の最大の弱点であり、安倍前首相の最大の強みである。

菅首相がこうした政治情勢をリセットして、自らの政権基盤を固めるには、衆院を解散し、自分の顔で総選挙を勝ち抜くほかない。そうすれば、安倍前首相の影響力を大きくそぐことができ、長期政権が視野に入ってくる。裏を返せば、安倍前首相は自らの政治的影響を維持し、あわよくば首相に返り咲く道を残すためには「菅首相が衆院を解散して総選挙に圧勝する」という事態を回避することが絶対に不可欠なのだ。

今年10月の衆院任期満了まで、どこかで衆院を解散し、総選挙を実施しなければならない。一方で、今年9月には自民党総裁選が待ち受けている。そこで、いつ衆院を解散するのか、自民党総裁選の前なのか後なのか、という政治的駆け引きがはじまる。これが目下最大の政局の焦点だ。

自民党総裁選前に解散総選挙を実施し、現有議席を維持して「勝利」した場合、菅首相が総裁選で「無投票再選」する流れができる。これは安倍氏や麻生氏が絶対に避けたいシナリオだ。一方で、現有議席を減らして「敗北」した場合、菅首相の責任論が噴出し、総裁再選に黄信号がともる。これは安倍氏や麻生氏が望むシナリオである。菅首相が頭を下げて再選支持をお願いにきたら、たくさん条件をつけて受け入れてもよいし、それをはねのけ引きずり下ろしても良い。菅首相にとっては最悪のシナリオだ。解散総選挙で「敗北」のリスクが高いと判断しているのなら、解散総選挙を自民党総裁選より後ろにずらし、まずは総裁選で再選に挑むほうが得策なのである。

菅内閣の支持率が下がっても、野党第一党の立憲民主党の支持率は上がらない。今年の総選挙で「政権交代」が実現するとみている政界関係者はほとんどいない。結論をいうと、いつ解散総選挙を実施しても、自民党は政権に居続ける可能性が極めて高い。とはいえ、議席を大きく減らすと「敗北」と受け止められ、自民党内から菅首相の責任論が浮上し、9月の自民党総裁選を勝ち抜くことが困難になるのである。

つまり、菅首相にとって最大の関門は、立憲民主党と議席を争う「解散総選挙」ではない。安倍前首相や麻生副総理らが立ちはだかる「自民党総裁選」なのである。敵は野党ではなく、自民党内にあるのだ。

安倍・麻生両氏は、菅首相が自分たちから自立を果たして長期政権をめざす「野望」をひしひしと感じている。だから菅首相に次の総選挙で「勝利」させるわけにはいかない。自民党は総選挙で下野しないまでも議席は減らすだろう。それを「敗北」と総括して自民党総裁選で「菅おろし」を仕掛け、もう一度、政権のど真ん中に返り咲くーー。それが「安倍・麻生コンビ」の思い描く政局である。

国民の目下最大の関心事はコロナだ。コロナが再拡大する恐れがあるいま、あえて解散総選挙に踏み切って、もし選挙期間中に感染が急拡大したら「惨敗」の恐れさえ出てくる。そんなときに、菅首相が解散に踏み切れるはずがない。安倍氏と麻生氏は菅首相が解散に踏み切れないことを見越して「いま解散すべきだ」と迫っているのである。そうすることで、来るべき9月の自民党総裁選に向けて「あれだけ早期解散を助言したのに踏み切れなかった弱い首相」という姿を印象づけ、「菅首相では総選挙は戦えない」という機運を自民党内で醸成しようとしているのである。すべては「菅おろし」の一環なのだ。

菅首相は安倍・麻生両氏の思惑は百も承知だ。だから彼らの「挑発」には乗らない。解散総選挙を断行する以上、「敗北」と責任追及されないように「勝利」できるタイミングを慎重に見極めるつもりだ。それはコロナ再拡大のリスクが高い今ではなかろう。仮に9月の総裁選まで解散総選挙のタイミングが見つからなければ、先に自民党総裁選で再選を目指す方がマシだ。総選挙に「敗北」した後に自民党総裁選に挑むよりは、国会議員たちが間近に迫る総選挙で地元にへばりついている最中に自民党総裁選を実施するほうが、再選の可能性は大きいだろう。

にわかに吹き始めた「解散風」は、復権を目指す「安倍・麻生連合」と、権力維持を目指す「菅・二階連合」の、自民党総裁選を見据えた神経戦であることをきょうはお伝えした。政治家の発言を垂れ流す報道は、政治家同士の権力闘争に振り回され利用されているだけである。SAMEJIMA TIMESの「政治を読む」では、すべての政治家を客観的に突き放して政治を深く読み解く記事を発信していきたいと考えている。お楽しみに。

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