注目の新刊!
第一回は9/4(月)夜、東京・渋谷で開催! オンライン参加も!

新聞記者やめます。あと59日!【噴火現場を市民に開放したアイスランドの観光振興策と「GOTOトラベル」の落差】

SAMEJIMA TIMES「筆者同盟」の第一号である小倉悠加さんが連載「こちらアイスランド」を開始するのと同時にアイスランドの火山が噴火したのは驚きだった。小倉さんが現地から伝えてくれた緊急ルポ『こちらアイスランド(2)火山が噴火!いざ現地へ!溶岩まで50メートル!世にも稀なエンタメをどうぞ!』は、動画も写真も文章も躍動感があり迫力満点だった。

彼女のルポを読んで何よりも驚いたのが、アイスランドの政府や科学者が噴火現場周辺を立ち入り禁止にせず、むしろ「みなさんに見てもらいたい」と呼びかけ、マグマの間近まで一般市民が近づくことを奨励したことだった。

自然現象は瞬時にして急変する。安全に十分配慮することはとても重要だ。火山国・アイスランドの政府や科学者はそれを十分承知の上、あえて一般市民に開放したのだろう。そこには市民一人一人が情報を瞬時に判断しながら自らの身を守るため的確に行動できるという常日頃からの信頼関係があるに違いない。

日本ではあり得ない判断だ。小倉さんもルポのなかで「日本の過剰防衛、事なかれ主義であれば、少々の『危険の可能性』があれば、なんとしてでも人を遠ざけるだろう」と書いている。「生命の危険回避を第一に考えて安全確保に重きを置く社会」と「いかに生きるかを第一に考えて個人の自由に重きを置く社会」の根本的な違いがあるのかもしれない。

最初に心に響いたのは、噴火直後にヘリコプターで上空から調査した科学者がインタビューで発した「安全な場所から、みなさんにみてもらいたい」という言葉である。マグマが神々しく流れ出す絶句してしまいそうな光景を目の当たりにし、科学者は純粋に「みなさんにみてもらいたい」と思ったに違いない。壮大な自然の恵みは、国土を管理する政府や地権者のものではなく、アイスランドで暮らすみんなのもの(人間ばかりではなくすべての生き物、いや、妖精も含まれるかもしれない)という価値観が鮮明に映し出されている。私はそう感じた。

さらに、大西洋に浮かぶ人口37万人の孤島に根付く参加型民主主義を感じずにはいられなかった。世界が注目する噴火を、みんなで見て、みんなで感じて、みんなで共有する。そのために多くに市民に現場に近づいてもらって、マグマの温かさを肌で感じ、噴火の轟音にじかに耳を傾け、大自然の躍動を全身で感じてもらう。そこから「安全を自分で確保する個人の自立」と「価値観を共有する社会の連帯」がバランス良く育まれていると思ったのだった。

アイスランド社会に根付く「価値観」に想いを寄せながら、小倉さんが送ってくれた動画や写真を繰り返し眺め、「ああ、アイスランドに行ってみたいな」と思った瞬間、ふと、まったく違うことが思い浮かんだ。

溶岩の目前まで近づくアイスランド市民たちが撮影した臨場感あふれる動画や写真は、それぞれのSNSを通じて、世界中に拡散している。小倉さんの撮った動画や写真は、彼女のツイッターやこのSAMEJIMA TIMESを通じて日本の多くの方に届いている。それをみた多くの方々は私と同じように「ああ、アイスランドに行ってみたいな」と感じたに違いない。

そうだ、噴火現場近くまで市民に開放したアイスランド政府の判断は、巧みな観光振興策でもあったのだろう。雄大で神々しい自然の風景が織りなすアイスランドは、写真愛好家の間では世界屈指の憧れのスポット、まさに「聖地」なのだ。

アイスランドには日本のマスコミ各社の特派員はいない。だからこそ、小倉さんが日本語で発信した動画付ツイートは「2.4万リツイート、9.9万いいね」の大拡散を遂げたのだった。同じように、アイスランドで暮らす様々な国や地域の出身者は、自らの母国へ向けて、自らの母国語で、この神々しい光景をSNSで発したことだろう。もちろん、アイスランドの市民たちも次々に発信した。

大西洋に浮かぶ人口わずか37万人の孤島は、そこで暮らすひとりひとりのマンパワーを最大限に引き出し、貴重な観光資源を総力をあげて世界にPRしたのだった。誰にも強制することなく、税金をつぎ込むこともなく、みんなで楽しみながら。

翻って「観光立国」を標榜する我が国。コロナ禍で苦しむ観光業を救済するために打ち出したGOTOトラベルにどれほどの税金をかけたことだろう。法的規制か自主規制か定かでない様々なルールにがんじがらめになりながら、多くの人々は「割安だから」とGOTOを利用し、全国を駆け巡った。感染拡大が深刻化するとGOTOへの賛否で世論は対立。旅行業界への偏った救済策に異論も噴出し、社会はギスギスしたのだった。そのあげくにGOTOは中断され、巨額の予算は行き場をなくし、彷徨っている。もっと別のやり方があったのではないかと思わずにいられない。

ユーラシア大陸の東の端にある人口1億2000万人超の列島の社会のありようは、ユーラシア大陸の西の端からさらに遠く離れた人口37万人の孤島に遠く及ばない。民主主義の成熟度も、経済政策の効率も、そして人生の楽しみ方も。

神々しく流れ出すマグマの映像を繰り返しみながら、なんだか切ない気持ちになってきた。小倉さんが50歳をすぎてアイスランドへ移住した気持ちがわかる気がした。

新聞記者やめますの最新記事8件