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新聞記者やめます。あと35日!【文春砲に学ぶ「権力監視に不可欠な著作権の知識」〜入門書『はたらく知財』オススメです】

「新聞記者やめます。あと51日!【著作権との出会い〜「置かれた場所で咲きなさい」は本当だった】」で、私が会社の著作権を管理する知的財産室へ配属された時に学んだ数々のことを紹介したところ、共同通信社で「デジタル戦略・知財戦略」に取り組んできた内田朋子さんからこのサイトにご連絡をいただいた。

内田さんは私が知財室で著作権と出会ったことが「SAMEJIMA TIMES」開設の原動力になったことを知り、感激して連絡してくれたらしい。メールをやりとりするうちに、マスコミ業界でいかに「著作権」が重視されてこなかったか、業界人の著作権の知識がいかに乏しいかという問題意識がピタリと一致していることがわかった。

内田さんは『すごいぞ!はたらく知財 14歳からの知的財産入門』(晶文社)という知財入門書を仲間と一緒に出版している。私も拝読したが、とても読みやすい。著作権など知的財産権は私たちの暮らしの至る所にかかわっている。とくにデジタル空間で発信する人々には絶対に不可欠な知識だ。報道に携わるジャーナリストだけでなく、音楽や動画・写真などを創作するアーティストやゲームソフトの開発者らにも有用な解説書である。ぜひオススメしたい。

新聞記者が著作権の知識に乏しいことが招く弊害は二つある。一つは知らず知らずのうちに他人の著作権を侵害してしまうこと。自らが著作権ビジネスを展開するマスコミが他人の著作権を侵害しないように細心の注意を払うのは当然であろう。いわば「守り」を固めるために著作権の知識は不可欠だ。

私がきょう強調したいのはもう一つの弊害である。新聞記者が著作権の知識に乏しいあまり、著作権侵害のリスクを極度に恐れ、著作権法上許されている他人の著作物の利用を過度に避け、その結果として記事の質が落ちているということだ。著作権への「無知」が「事なかれ主義」とあいまって、本来許されている「引用」や「報道利用」を過剰な自主規制によって控えているのである。私はこちらの弊害の方がむしろ大きいと思っている。こちらは「攻め」に不可欠な著作権の知識といえるだろう。

私は知財室に勤務した2年近くの間、各部のデスクらの著作権相談に数多く対応した。知財専門部署としては著作権侵害のリスクを伝える必要があるのだが、デスクのほとんどは「他人の著作物を合法的に利用する方法」を追求するというよりは「すこしでもリスクがあるのなら他人の著作物の利用は避ける」という姿勢が顕著だった。元デスクとしては「いや、こうしたら使用できますよ。記事がわかりやすくなりますよ」といいたいのだが、コンプライアンスを重視する立場にある知財室員としてはそうもいかない。「無理して使用しない」という無難な結末に落ち着くことがほとんとで、そのたびに「もったいない」という思いを感じていた。

著作権への意識が高まる近年は、記事の内容や論調に反発する当局者が(時に著作権者の意向とは関係なく)、記事の信憑性を低下させる目的で、記事中の著作権侵害に該当する可能性がある部分を探し出し、それを理由に記事全体の撤回や訂正、取り消しを迫ってくるケースが増えている。いわば「著作権」が記事を攻撃する有力なツールとして利用されている面は否めない。新聞社側も「あげ足」を取られないように、著作権侵害について慎重に防御する必要があるのは事実だ。

最近では、週刊文春が東京五輪開会式の演出案をスクープした記事について、東京五輪組織委員会が「著作権侵害にあたる」として雑誌の発売中止と回収を要求する「事件」があった。文春オンラインの「編集長の説明」から経緯を振り返りたい。

東京五輪組織委は抗議文で次のように主張した。

開閉会式の制作に携わる限定された人員のみがこれにアクセスすることが認められた極めて機密性の高い組織委員会の営業秘密であり、世界中の多くの方に開会式の当日に楽しんでご覧いただくものです。万一、開会式の演出内容が事前に公表された場合、たとえそれが企画の検討段階のものであったとしても、開会式演出の価値は大きく毀損されます。加えて、組織委員会は、様々な代替案を考案するなど、多大な作業、時間及び費用が掛かることになります。

これに対し、週刊文春は以下のように反論し、東京五輪組織委の要求を一蹴した。

侮辱演出案や政治家の“口利き”など不適切な運営が行われ、巨額の税金が浪費された疑いがある開会式の内情を報道することには高い公共性、公益性があります。著作権法違反や業務妨害にあたるものでないことは明らかです。小誌の報道に対して、極めて異例の「雑誌の発売中止、回収」を求める組織委員会の姿勢は、税金が投入されている公共性の高い組織のあり方として、異常なものと考えています。もし、内部文書を基に組織の問題を報じることが、「著作権法違反」や「業務妨害」にあたるということになれば、今後、内部告発や組織の不正を報じることは不可能になります。小誌は、こうした不当な要求に応じることはできません。

著作権の知識があれば、東京五輪組織委の主張が根拠に乏しいことはすぐにわかる。本気で著作権侵害について法廷闘争を考えているのではなく、「著作権侵害」を世の中にアピールすることで、東京五輪組織委の閉鎖体質を追及する週刊文春の記事の信憑性を落とし、続報を抑制させる狙いがあることは容易に想像できる。さらには他のメディアがこの報道を後追いしないように牽制する狙いもあったであろう。東京五輪組織委という「国家権力側の組織」が「著作権」を口実に「報道を抑制」しようとした構図が浮かんでくる。

ところが、著作権の知識が乏しいと、権力側のこの手の反論に怯え、記事を出す前から自己規制してしまう。万が一、記事の一部でも「著作権侵害」にあたれば、当局とのトラブルに発展するうえ、新聞社内の「コンプライアンス規定」に抵触して社内から責任を問われ、デスクや記者の身が危うくなるのだ。そんなリスクを冒すくらいなら、記事のインパクトが多少落ちてもマイルドにしておいたほうがいいーーそのような「事なかれ主義」による記事の自己規制、事前規制は頻繁に起きている。まさに権力側の思うつぼだ。

週刊文春が世論の支持を得ているのは、そうした自己規制・事前規制に陥らず、あくまでも読者目線でリスクを背負い、権力側と戦う「攻めの姿勢」を示し続けているからであろう。その裏側には編集長以下の著作権に対する確かな知識があるはずだ。権力側の反撃に備え、怯えることなく権力監視の責務を貫徹するためにも、著作権の知識は絶対不可欠なのである。

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