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新聞記者やめます。あと34日!【ステイホームが叫ばれるなかでノマドランドが賞賛されるわけ】

米国内を遊牧民(ノマド)のように転々としながら暮らす女性を描いた映画「ノマドランド」が米アカデミー賞3部門を受賞した。中国出身のクロエ・ジャオ氏がアジア系女性初の監督賞を獲得したことに注目が集まっている。人種差別問題がクローズアップされ、米中対立が深まるなかで、彼女の受賞ニュースはインパクトがあった。

それに増して私が注目したのは、コロナ禍の世界中で「ステイホーム」が叫ばれるなかで、キャンピングカーで各地を転々とする「ノマド」暮らしが脚光を集めたことである。格差社会が広がるなかで経済的に困窮し「放浪」を強いられる人々が増えているという社会的な問題提起にとどまらず、「定住」という常識から解放された「放浪」生活そのものに内在する「自由」への憧憬がそこにあるのではないか。

日本でもキャンピングカーの姿をみかけることが最近増えた。「ノマド」ブームがじわじわと日本にも押し寄せているのかもしれない。

私もかつてキャンピングカーで北海道を10日間ほど巡ったことがある。いちばんの魅力は、毎日、時間や日程に縛られることなく気ままに行き先を決められることだ。気に入った場所があればしばらく腰を据えてもいいし、真夜中に移動してもよい。天気予報をみながら行き先を大胆に変更することもできる。運転に疲れたら静かな湖畔に停車し、コーヒーを入れる。楽しく暮らす秘訣は、とにかく日程を固めないことだ。

モノを書く仕事なら、パソコン、スマホ、ポケットWi-Fiがあれば、ノマド暮らしで十分にやっていける。いや、人間関係に気を遣う狭苦しい都心のオフィスよりも、よほど独創性に溢れた文章が書けるだろう。取材相手からの情報収集や識者との意見交換も今や東京にいなくてもSNSやZoomで対応可能だ。いや、むしろそのほうが効率が良い。オフレコ飲み会をだらだらと重ねるよりも喜ぶ相手が増えてきた。そんな時代に私たちは生きている。

コロナ禍がもたらした「ロックダウン」や「ステイホーム」は、私たちが享受してきた「自由」の意味を改めて問いかけている。世界の各地でコロナを理由に自由を制約された人々がさまざまなかたちで抗議の意を示している。生命や健康はもちろん大切だが、自由や権利も同じくらい大切だ。公益のために個人の自由や権利を制約するのは、その目的をはたすために必要最小限に抑えなければならないし、制約する以上、みんなが納得する「説明」と「補償」が絶対に不可欠である。

翻って、我が日本はどうか。人々は法的根拠があいまいな「自粛」を一年以上も大なり小なり迫られてきた。それら自粛はなぜ必要なのか、必要最小限のものなのか、どのような効果があるのか(あったのか)、自粛で失ったものは補償されるのか。そうした説明は政治家や専門家からほとんど聞かれない。

しかも政治がいちばん果たさなければならないこと〜病床や医療スタッフの確保、検査体制の拡張、ワクチンの確保と接種〜はいっこうに進まず、日本はコロナ対応で世界の最後尾を走る「後進国」に転落した。それなのに東京五輪を今夏に開催するといい、そのために国民からゴールデンウィークを取り上げる緊急事態宣言を発したのだった。いまや緊急事態宣やら、まん延防止等重点措置やら、わけのわからぬものが乱立し、何が法的禁止事項で、何が自粛要請事項で、何が政治家の思いつき発言なのか、ほとんどの人が理解できない様相である。

そんな折、東京都の小池百合子知事が「都県境は越えないでほしいと伝えている。しっかり守ってほしい」といくら叫んだところで、耳を傾ける人がどれほどいることか。だいたい、この知事は、不要不急の外出は控えてほしいとか、買い物は3日に1回に減らしてほしいとか、そのときどきで実にさまざまなことを口にしてきたから、もはや「また何か言ってるわ」程度にしか受け止められないのである。

コロナへの警戒感は解くべきではない。しかし「個人の自由と権利」は民主社会が最も守っていかなければならないものだ。何が「不要不急」かはそれぞれの人にしか決めることができない。まさに「価値観」の問題なのだ。

それぞれの人生において、いま活動しなければ取り返しのつかない局面というものがある。それは少年の進路を左右する部活動の大会かもしれないし、余命短いお年寄りの「さいごの春」かもしれない。それぞれの活動に託すそれぞれの「思い」は誰にも推し量れない。何よりも最優先して今この瞬間に打ち込むべきこと。そこに「生きる意味」がある。国家がそれを一様に奪う資格があるのか。そんな「国家のために個人がある」社会に、私は逆戻りしたくない。

それでもどうしても自由や権利を制約する必要があるのなら、それは必要最小限の範囲に厳密にとどめられるべきであるし、透明な法的手続きに基づいて決定し、政治家がその理由を論理的で説得力のある言葉で語らなければならない。それが基本的人権を尊重する民主社会の最も重要なルールである。そのルールがしっかり守られているのか監視するのがジャーナリズムの最大の責務だ。

コロナ禍の世界を駆け巡った「ノマドランド」アカデミー賞受賞のニュースが、民主社会が最も大切にしてきたもの〜個人の自由と権利〜を再確認するきっかけになることを願う。

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