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新聞記者やめます。あと55日!【退職書類一式が自宅に届いた。さっそく封を開けると…】

新聞社から退職手続きに関する書類一式が自宅に郵送されてきた。けっこう、分厚い。

早期退職制度に応募し、退職届を出してまもなく2ヶ月。いよいよ具体的な手続きが始まる。これに目を通して出社すれば、会社の担当者が私にカスタマイズした内容を懇切丁寧に説明してくれるという。サラリーマンは至れり尽くせりだ。さっそく開封した。

1枚目の紙「ご退職に際してのお知らせ」には、退職金のこと、年金のこと、今後の確定申告のこと、失業給付のこと、健康保険のこと、会社からの借入金(ローン)のこと、確定拠出年金のことなどが詳しく記されている。ややこしそうだ。サラリーマンはこうしたことを会社に丸投げだった。

次にあるのは退職時に会社に返却する物のリストである。パソコン、スマートフォン、USB型データ通信端末、IDカード、健康保険証、国会記者証…。ずいぶんたくさんのものを会社から借りて、毎日使っていた。会社に依存して暮らしてきたことを改めて実感するのだった。

退職金算定の詳細や、企業年金の受け取り方の選択など、何やら難解そうな資料もある。共済会の「退会餞別給付申請書」というものもある。これらは私がもらえるものらしい。

一方で、「退職者による職務著作物の利用について」とい文書もある。会社員として執筆した記事や撮影した写真の著作権は会社に帰属するので退社後に勝手に使うことなかれという注意だ。

自分の署名記事であってもサラリーマン記者にその著作権はない。職務活動として自ら書き下ろした書籍にも著作権はない。そればかりか、紙面に掲載されなかった原稿や写真の著作権すらないのである。すべては会社のものなのだった。

膨大な資料のなかに「証明書」という一枚紙があった。私の氏名と生年月日の下に「上記の者が、2021年5月31日をもって、当社を退社したことを証明します」と記され、人事部長の名前と会社のハンコが押してある。

私がこの「証明者」を使用するとしたら、いったいどういう場面なのだろう。大学の卒業証書のように「この新聞社に私は確かに在籍しました」と誰かに証明したい時なのだろうか。それとも「私はこの新聞社にもう在籍していません。すでに退社しています」と誰かに証明したい時なのだろうか。一枚紙をみながら、つまらない想像にふけてしまった。

いちばん分厚い資料は「株式会社○○新聞社をご退職される皆さまへ ご退職時のライフプラン相談窓口のご案内」という信託銀行のパンフレットだった。いつもはそのまま資源再利用ボックスに放り込む類のものなのだが、今回はついペラペラとめくってしまう。

日本記者クラブから「OB会員入会のご案内」のパンフレットも同封されていた。これに加入すれば、東京・内幸町の日本プレスセンタービルで開催される記者会見に出席できる。現職閣僚や外国首脳、経済界リーダーから学者、文化人、スポーツ選手まで多彩なゲストを招き、年200回以上の記者会見を催しているという。

パンフ表紙の右上には「会費値下げ」の文字。ページをめくると「メディア各社で記者として活動されてきた皆さんに、耳寄りな『お知らせ』があります」とはじまり、「これを機に、入会をご検討していただけないでしょうか」と呼びかけている。そして「会社を離れても、『もっと記者を続けたい」、『もう一度、記者に戻りたい』と思っていらっしゃる方はたくさんいらっしゃると思います。その思いがかなう場所があります。それが日本記者クラブです」と続く。そういうものなのか…。

最後に茶封筒があった。「旧友会からお知らせ」とある。いわゆる会社のOB会の案内だ。「長い間の○○新聞勤務も終わり…本当にご苦労様でした」ではじまる文面はなかなか興味深い。

「顧みれば思い出はつきないと存じます、現役を去られ、いわゆる第二の人生に足を踏み出すわけですが、元いた○○と異なり結構大変なものです」「誰でもが年をとり、やがては通り抜けなければならない一つの試練ではありますが、寂しくてたまらないものが、こみ上げてくるときもあります」「現役時代はなんてことない社名であった筈ですが、いざやめてみると、どうしてどうして、故郷のような…」と続いていく。元新聞記者が綴ったものなのだろう。最後に役員一覧表。「会長」は3代前の社長だった。

この文面は私のように49歳で早期退職する「後輩」へ向けたものではなかろう。この会社の人々にとって会社員人生の途中で去るのはやはり「例外」であり「想定外」なのだ。

日本社会も新聞社も右肩上がりの時代を生きてきた先輩諸氏。喜怒哀楽はあっただろうが、幸せな時代であったと思う。時代は変わった。少子高齢化が加速し、衰退に向かう日本社会。発行部数が激減し、大リストラが待ち受ける新聞社。

これまで旧友会に加わってきた多くの方々は「やがては通り抜けなければならない一つの試練」として定年を迎え、「寂しくてたまらないもの」がこみ上げてきたことだろう。日本の役所や大企業に深く根ざした年功序列・終身雇用の風土は、権力監視を旨とする新聞社にもひとしく浸透してきたのだった。ひとつの会社で定年まで勤め上げ、そののちも同じ枠組みのなかに身を置き続ける生き方が、報道の世界でも「ふつう」であった。

いまの私にその余裕はない。

同じ釜の飯を食った同僚との記憶を抱きしめながら生きていく「第二の人生」。それは生涯のこころの支えになるかもしれないが、連綿と続く序列やしがらみが窮屈になり、新たな活動や新たな出会いへの一歩を妨げるかもしれない。

会社でともに過ごした仲間と末長く寄り添う人生か、新天地を求めて移りゆく人生か。二者択一ではないにせよ、どちらに比重を置くのかで「生き方」はがらりと変わる。49歳で退職届を出し、苦手なパソコンと格闘して自らのホームページを開設し、出会ったことのない人々に向かって「筆者同盟」への参加を呼びかけている私の立場は鮮明だ。

さまざまな思いを巡らしながら、自宅に届いた書類一式を抱え、私は担当者に会いに、久しぶりに出社した。冒頭、「年金や保険といった制度はまったく苦手です。いろいろ教えてください」と切り出すと、その担当者は「実は私も同じ5月31日で退社するのですよ」。これは心強い。彼は実に懇切丁寧にさまざまなことを教えてくれたのだった。

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