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新聞記者やめます。あと32日!【東京に暮らして22年。「東京五輪」が映すこの街の閉塞感】

東京に暮らして22年になる。ことし50歳を迎える人生の半分近くを東京で過ごしたことになる。そんなことになろうとは「アンチ東京」だった子どものころには想像だにしなかった。

神戸に生まれた。大府(愛知県)と浜松で幼少期を過ごし、小学校は尼崎、中学・高校は高松、大学は京都。転々としたものの、基本は「西の人」であった。

テレビ画面に映る芸能人や女子アナが「ここ渋谷では…」「六本木です…」と当たり前のように笑顔で話す姿をみて「なぜ東京の渋谷では…東京の六本木です…と言わないのか」と反感を抱いた子ども時代。絶対に東京には行くまいと京都を目指した高校時代。就職活動で初めて訪れた都心の大きさに度肝を抜かれた大学時代。東京はずっと遠い存在だった。

新聞記者としての初任地はつくばだった。1年後に水戸へ移り、それから2年後に浦和へ移り、さらに2年後に東京へ移ったのが27歳の春。以来、ずっと東京にいる。駆け出し時代を含め、27年間の新聞記者人生をすべて関東で過ごした記者は私の会社ではあまり聞いたことがない。

政治部の先輩後輩たちの大半も大阪、福岡、名古屋の「西3社」や地方支局、海外特派員などの転勤を繰り返している。30代、40代を通して一度も引っ越しを経験したことのない記者はかなり珍しいだろう。

会社に人事の希望を出したことはない。転勤を拒否する意向を伝えたこともない。多くの同僚は東京を離れることを嫌がっていた。私はそんなことはなかった。たまたま引っ越しを伴う異動がなかったのだ。先輩からは「お前は地方へ異動させられたことがないから幸せだ」と言われたこともあったが、私はむしろ知らない土地に赴く彼らを羨ましく思ったものだ。

この春、私が退職届を出した後に、長年親しくしてきた政治部の先輩が青森総局長へ赴任していった(ちなみに彼の初任地は鹿児島である)。その先輩から「先に俺の異動が決まっていて、『一緒に青森に行こう』と誘ったら、退職するかどうか、すこしは迷ったか」と冗談か本音かわからぬ言葉を投げかけられ、たしかに彼のもとで青森で働くのなら楽しいかもしれないと一瞬思った。新聞記者という仕事は、見知らぬ土地を渡り歩くところに大きな魅力がある。そういう意味では20年以上ずっと東京にいるなんて実に惜しいことをした。

他方、東京は取材したり人脈をつくったりするにはやはり有利であった。とくに政治記者としては国会にいつでも駆けつけることができるうえ、20年以上にわたって途切れることなく永田町という「小さな村」の空気を吸い続けたことは、この国の政治を継続的にウォッチするという意味で恵まれていた。「政局」取材は政治家たちの殺気を肌で感じなければ実感がつかめないところがどうしてもある。

それもデジタル時代が到来し、かなり変わってきた。政治家も派閥の「一致結束箱弁当」で結束しつつマスコミへの露出を競い合って政治力を蓄える時代から、有権者に向かってSNSで直接発信して影響力を高める時代へ移りつつある。政治家と毎晩毎晩オフレコ飲み会を重ねて本音を聞き出すような取材も過去のものとなった。役所取材も同様だ。たいがいの公開情報はホームページで入手できる一方、霞が関の中央省庁をふらっと訪れて情報を入手するような取材は難しくなった(昔は深夜の財務省の部屋を渡り歩いてネタを拾ったものだ)。政治報道をめぐる環境は激変し、東京にいることのメリットは小さくなった。コロナ禍はそうした傾向をさらに加速させた。

東京に移り住んだ頃、この街はたしかに刺激的だった。お互いを干渉しない自由さや寛容さも、居心地がよかった。近年は同調圧力が強まり、ずいぶんと息苦しくなった。東京全体がシュリンクしていくような気配を感じていた。コロナ禍で地方から噴出した「東京の人は来ないで」という叫びは、長い間この国のなかで大きな顔をしてきた東京人たちの自尊心を大きく傷つけたことだろう。東京は旬を過ぎた街かもしれない。ビルは乱立しても勢いを感じない。一年前の韓国出張で、ずいぶんと洗練されたソウルを街を目の当たりにした時は、東京よりもはるかに勢いを感じた。東京五輪の迷走は、まさに東京の閉塞感を映し出している。

5月末に退社すれば、もう東京にとどまる必要はない。私は自由になる。コロナ禍でオンラインでつながる人間関係にも慣れてきた。何かあてがあるわけでもないし、コロナ禍で「東京から来ないで」と嫌がられるかもしれないから、いますぐに引っ越すことはないとしても、どこにでもいける自由、どこでも暮らせる自由を行使してみるのも悪くはない。

他方、退職届を出して、東京のメリット、デメリットをゼロベースで見つめ直したところ、再発見した魅力もある。さて、どうするか。この先はまたあした。

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