注目の新刊!
第一回は9/4(月)夜、東京・渋谷で開催! オンライン参加も!

新聞記者やめます。あと31日!【徒歩通勤7年。「歩く東京」は捨てがたい】

新聞社を退職すると、東京にいなければならない理由はなくなる。さて、どうするか。きのうの【東京に暮らして22年。「東京五輪」が映すこの街の閉塞感】のつづき。

22年前に東京に移り住んで大きく変わったのは「歩く」機会が格段に増えたことだった。

高松で過ごした中高生時代はひたすら自転車をこいでいた。京都で過ごした大学時代はオンボロ車をただ同然で入手し乗り回していた。新聞社に入り、つくば、水戸、浦和の各支局に勤務した時、車は取材に不可欠だった。この間、少し離れたところへ買い物に行くにも、車を利用するのは当たり前の生活だった。車のない生活は考えられなかった。日常生活で歩くことはほとんどなく、私はまるまると太っていった。

27歳で東京の政治部に着任し、生活は激変した。都内の駐車場代は高く、車は手放すしかなかった。朝駆け夜回りの取材には黒塗りのハイヤーを使う(ここから政治記者の「勘違い」は始まる)のだが、それ以外の移動は基本的に地下鉄だ。車のない東京の人と、車が必需品の地方の人では1日に歩く距離は相当違うのではないか。

私は歩くことが好きな自分にはじめて気づいた。それでも現場で政治記者を続けている間はあまりに忙しくて「歩く時間」が足りなかった。

原発事故をめぐる「吉田調書」報道でデスクを更迭され、記者職も外されて、東京・築地の本社で内勤になった時、私は会社員人生で初めて「定められた勤務時間」以外の自由を得た。急に呼び出されたり、電話がかかってきたりすることが一切なくなった。毎朝10時から夕方6時まで着席していればよく、それ以外はまったくのフリーになった。新聞記者には考えられない自由であった。

私はこの勤務環境でしかできないことを思いついた。通勤に電車を使うことをやめたのである。

出社も退社もひたすら歩く。自宅から会社までは徒歩50分程度であった。雨さえ降らなければ、私は会社との行き来を歩くことにした。毎朝、気の向いたルートを進んだ。ハイヤーや地下鉄を利用していたときは気づかなかった様々な都心の風景と出会った。思いの外、花や緑は多かった。季節ごとに風景は変わった。それらに目をやりながら歩くのは爽快であった。歩くスピードはどんどん上がり、40分を切るようになった。当面の仕事の課題は通勤中に歩きながら考えた。すると、アイデアがどんどん浮かんでくるのだった。

一時期はまったのは、道中にある東京・芝の増上寺の本堂に立ち寄って、数分間、瞑想することである。当時は記者職を外され、社内では多くの同僚が蜘蛛の子を散らすように遠ざかり、ネット上ではバッシングされ、さすがに傷心していた。朝の光が差し込む薄暗い増上寺の本堂に置かれたパイプ椅子に腰をかけ、短い時間でも静かに目をつむり、頭に浮かぶ邪念を次々にやり過ごすと、こころが落ち着いてゆくのであった。毎朝通っていると、私と同じ世代のサラリーマンらしき男性が、私と同じように増上寺に毎朝立ち寄り、じっと目をつむる姿に気づいた。お互いに声をかけたことはないが、彼も人生の大きな節目にいたのかもしれない。

夜の飲み会のあとは、多少遠くてもできる限り歩いて帰ることにした。「飲んだら乗るな」は、私にとって「車を運転するな」ではなく「地下鉄に乗るな」を意味した。夜の都心は明るく治安もいい。ほろ酔いの身を包む夜風は気持ち良い。帰宅するころには酔いもさめ、胃のもたれも解消していた。その後はぐっすり眠れたし、翌朝の目覚めもよかった。

記者職に戻ってからも、私はこの「歩く」生活がやめられなくなった。その後も仕事にしろプライベートにしろ、できるだけ地下鉄は使わず、1時間以内の距離なら歩くことにしている。東京の街は変化が多く、同じルートでも歩くたびに様々な発見がある。つくばや水戸や浦和との大きな違いだ。歩いていて飽きない。仕事のアイデアもほとんど歩いている時に思いつく。

足元は革靴からスニーカーに変わった。服装もスーツからカジュアルに変わった。カバンもリュックになった。それで取材に向かっても許される場面が多くなった。だから、どこまでも歩く。私は東京を歩き倒し、東京の街にかなり詳しくなった。

ここまで書いて、読者の方からご意見が届いた。千葉在住の方からだ。以下のような内容である。

鮫島さんも地方へ引っ越しされてはいかがでしょうか。ここ千葉市緑区は信じられないほど自然が多く、冬には白鳥が田んぼにおり、メダカがそのあたりで泳いでいます。車なら太平洋まで30分、東京湾まで30分。季節ごとに新鮮な魚介類が大量に並び、しかも安い!野菜や果物農家に囲まれ、食費はマイナス3割です。千葉は首都圏でも自給自足可能な地です。道路は広く、まったくごみごみしていません。空気も澄んでいます。明け方には野鳥の声が聞こえます。しかも東京まで電車で1時間。生活を変えてみる気があるのでしたら検討してみてはいかがでしょうか。不動産会社の回し者ではありません。

白鳥も、メダカも、魚も、野菜も、果物も、澄んだ空気も、たしかに都心にないものばかり。「豊かな自然」で東京はかなわない。やはり東京にとどまるメリットはなくなりつつあるのか。

サラリーマンは会社に勤務地を命じられる。そこから解き放たれ、住む場所を主体的に選べるのはすばらしい。でも、かくも悩ましいものか。「自由」はまったく楽ではない。

新聞記者やめますの最新記事8件