通常国会は会期末まで残り20日を切り、永田町では法案審議よりも激しい権力闘争が繰り広げられている。表向きは「衆院定数削減」「副首都法案」「皇室典範改正」という三つの法案をめぐる攻防だが、その本質は、自民党の実力者・麻生太郎氏と日本維新の会との主導権争いである。
きっかけは6月22日の高市早苗首相と吉村洋文代表による党首会談だった。ここで、自民・維新両党は維新が悲願とする衆院定数削減法案と副首都法案、さらに麻生氏が長年力を注いできた皇室典範改正を今国会で成立させる方針を確認した。
しかし、この約束は早くも暗礁に乗り上げる。
自民と維新が共同提出した衆院定数削減法案に対し、立憲民主党から参政党、共産党、れいわ新選組、日本保守党まで、立場の異なる野党が一斉に反発したからだ。右も左も関係なく「アンチ維新」で一致し、審議拒否という強硬手段に出たのである。
背景には各党の比例議席が大幅に減ることへの危機感がある。比例代表45議席削減は、自民党や維新への影響は比較的小さい一方、多くの野党にとっては死活問題となる。野党が一致団結した理由は、理念よりも議席防衛にあると言える。
こうなると、通常の国会日程では法案成立は難しい。与党内では会期を延長し、憲法59条に基づく衆院の3分の2による再可決も視野に入れた議論が浮上した。
ところが、この会期延長論にブレーキをかけたのが麻生氏側だった。
麻生氏の義弟でもある鈴木幹事長は「会期延長はしない」と明言した。麻生氏としては、何としても皇室典範改正だけは今国会で成立させたい。その一方で、維新の看板政策まで成立させることには積極的ではないとの見方が永田町では広がっている。
この局面で反撃に出たのが維新である。
矢面に立ったのは共同代表の藤田文武氏だった。
政府は皇室典範改正案の閣議決定を目指していたが、維新は了承を見送り、「15歳という年齢制限には反対意見が多い」「修正や継続審議を求める声もある」と慎重姿勢を打ち出した。事実上、「維新抜きでは皇室典範改正は前に進まない」というメッセージである。
つまり維新は、自らの法案を通すため、麻生氏の悲願を交渉材料に使い始めたのである。
高市内閣は6月30 日午前に予定していた皇室典範改正案の閣議決定を見送り、麻生氏はあわれて藤田氏と会談することになった。その場で藤田氏から原案のまま改正案を提出する了承を取ったが、この場で会期延長や維新2法案をめぐってどんな取引が交わされたのかはなお不透明である。
この駆け引きの中心人物となっている藤田氏は、一般にはまだ知名度は高くない。しかし維新内部では、吉村代表に次ぐ実力者と目される存在だ。
筑波大学ラグビー部出身。高校体育教師を経てスポーツビジネスの民間企業に転じ、2012年に橋下徹氏が創設した維新政治塾一期生となった。衆院選での落選も経験しながら国政に復帰し、幹事長、共同代表へと駆け上がってきた。
その政治人生は順風満帆ではない。
馬場伸幸前代表の最側近として党運営を担ったものの、衆院選敗北で執行部は総退陣。その後は吉村代表を支える共同代表として再起し、現在は「ポスト吉村」の有力候補とも目されている。
興味深いのは橋下氏との関係だ。
橋下氏は近年、「国会議員が永田町化した」「飲み食い政治の成れの果て」などと維新執行部を厳しく批判し、公設秘書の会社への支出問題では藤田氏を名指しで「維新の改革精神を知らない」と痛烈に批判した。
これに対し藤田氏は反論を避け、「橋下さんに感化されて維新の門をたたいた」「今でも尊敬している」と語り続けている。
創業者から厳しく叱責されながらも、党の現実路線を担う。その姿は現在の維新を象徴しているとも言える。
一方、麻生氏も着々と布石を打っている。
国民民主党とは従来から太いパイプを持ち、近年は参政党との接触も重ねている。仮に維新との関係が決定的に悪化しても、国民民主や参政党との協力によって政権運営の選択肢を広げようとしているとの見方も永田町ではささやかれる。
もっとも、今後の政局については不確定要素も多い。実際に国会を延長するのか、皇室典範改正を優先するのか、維新が最後まで強硬姿勢を維持するのかは、現時点では流動的である。
会期末までに考えられるシナリオは大きく三つある。
第一は麻生氏が主導権を握り、皇室典範改正のみを成立させる展開。第二は国会を延長し、維新法案と皇室典範改正を一括して成立させる展開。そして第三は、与野党対立が激化し、すべてが先送りとなって連立再編を含む大政局へ発展する展開である。
国会終盤の攻防は、法案の賛否だけでは語れない。そこには、自民党内の権力争い、維新の生き残り戦略、新たな保守勢力との連携まで絡み合う複雑な政局がある。
麻生太郎という老練なキングメーカーと、維新の次代を担う藤田文武。国会終盤最大の見どころは、この二人が繰り広げる静かな駆け引きなのかもしれない。