政治を斬る!

新聞記者やめます。あと52日!【「まん延防止等重点措置」ほど今の政治の劣化を言い尽くす言葉はない】

コロナ対策の「まん延防止等重点措置」ほど、いまの政治の劣化をひとことで言い尽くす言葉はない。

「マンボウ」と呼ぼうが、「重点措置」と呼ぼうが、この言葉には政治的な情熱や誠意の欠片もない。このような言葉を何のためらいもなく口から吐く政治家を私はとうてい信用することができない。コロナ禍の国家危機に際し、この国に暮らす人々に何かを懸命に訴えようとする言葉とはとても思えない。

「緊急事態宣言」という言葉でさえ、いまや風化してしまった。行政が不要不急の外出自粛を求めてきたことなど、いまや大半の人々の念頭にはない。「緊急事態」という言葉を使い古し、メッセージ性を薄めてしまった全責任は、為政者にある。その「緊急事態宣言」につづいて、今度は「まん延防止等重点措置」などという、今どき役所でも聞き慣れないような形骸化した用語を上塗りしたところで、誰が耳を傾けるだろうか。内輪で「やってる感」をアピールしているだけだ。これほど不誠実な政治はない。

そもそも何のために緊急事態宣言を発するのか。そのメッセージは当初からあいまいだった。

多くの人々は一年前、緊急事態宣言にしたがって、外出を自粛し、営業を自粛し、我慢を重ねれば、やがてコロナウイルスは消えてなくなると錯覚した。為政者や専門家はそうした人々の「錯覚」をただそうとしなかった。いや、「錯覚」させるように仕向けたといえるかもしれない。なぜなら、多くの人が「錯覚」してさまざまな活動を自粛してくれたほうが、たしかに感染拡大のスピードは落ち、自分たちの「失敗」を覆い隠すことができるからである。

ここでいまいちど確認したい。どんなに外出を自粛しても、どんなに営業を自粛しても、どんなに我慢を重ねても、この世の中からコロナウイルスは消えて無くなることはない。これは厳然たる事実である。それら自粛は、感染拡大のスピードを落とす効果があるだけだ。

では、何のために自粛するのか。それは、感染拡大のスピードを落とし、政治家や官僚や専門家が「検査体制をととのえ、医療体制をととのえ、ワクチンを開発・入手して多くの人に接種し、集団免疫を獲得する」ための時間を稼ぐためなのである。

政府や官僚や専門家は、それを怠った。せっかく国民が我慢を重ねて「時間」を稼いだのに、そのあいだになすべきことをなさず、サボったのである。その結果、コロナ発覚から一年以上たった今も、検査は不足し、医療は崩壊し、ワクチンは届かない。欧米だけでなく、アジアの周辺国と比べても、その失政ぶりはあまりにひどい。

ところが、政治家や官僚や専門家は自分たちの怠慢、自分たちの失政を誤魔化すため、さらに国民に我慢を強いているのである。すべては自分たちの責任逃れのためだ。そんな馬鹿げたことを、すでに一年以上も続けているのである。

マスコミはそれを追及しない。そればかりか、政治家や官僚や専門家とともに、国民にさらなる我慢を訴えている。もはや彼らは一体化しているのだ。

マスコミの最大の責務は「人々の啓蒙」なのか? いったいいつの時代の話だ? 成熟した民主社会におけるマスコミの最大の使命は権力監視のはずだ。政治の怠慢を追及し、政治の緊張感を取り戻すことのはずだ。

私がここで書き連ねていることは、多くの庶民はすっかり見抜いている。だから「まん延防止等重点措置」に反発もしないかわりに無視している。罰則の対象となる飲食店などごく限られた人々だけは仕方がなく面従腹背している。多くの人は期待もしていないし、興味も持っていない。そんな政策に効果が出るはずがない。政治家や官僚や専門家がそれぞれの組織の内向きに「やってる感」をアピールするだけだ。

いまの日本社会の最大の危機は、ウイルスではない。それがもたらす経済の失速でもない。政治家や官僚や専門家ら指導的立場にある者たちが、社会全体が直面する現実を真正面から見つめず、自分たちの利権や保身しか考えず、それぞれの地位に応じた責務を果たさず、社会全体が「無責任状態」になっていることである。

国家危機下において、この国に暮らす人々に何かを懸命に訴える情熱や誠意の欠片も感じない「まん延防止等重点措置」という言葉がマスコミから流れてくるたびに、この国は堕ちるところまでいったん堕ちてしまうのであろうという予感が強まっていくのだった。

新聞記者やめますの最新記事8件